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相澤信幸 (有限会社 マルタ水産 代表取締役)

名取市の新たな特産品と言えば「北限のしらす」。
2017年の7月から閖上をはじめとする仙南4地区でしらす漁の操業が始まった。おかげで新鮮なしらすを釜揚げはもちろんのこと生でも食べることができるようになった。そんなしらすをたくさん乗せたお料理を味わうことができる「café malta」は2020年に閖上地区にオープン。各メディアでも取り上げられ県内外からたくさんの人が訪れている。

こちらのcafé maltaは近くにある有限会社マルタ水産の直営店。昭和43年創業のマルタ水産は相澤信幸さん(70歳)が代表取締役を務めている。その信幸さんのお父様はもともと漁師だったのだが、船を降り魚介類の加工を始めた。信幸さん20歳の時にお父様が亡くなりお母様が一時的に引き継いだ後、信幸さんがその生業を引き継ぎマルタ水産を設立し代表となった。以来ずっと閖上の地で赤貝や真カレイ、小女子などの水産加工をやっている。

「本当はそろそろ引退して花子とゆっくりしたいんだけどね」と笑顔を見せてくれた信幸さん。花子というのは信幸さんの飼っている秋田犬の名前だ。取材時に信幸さんが連れてきてくれた花子ちゃんはすでに成犬のように大きいが実はまだ8か月で顔にあどけなさが残っている。人懐っこく甘えん坊で信幸さんがとても可愛がっている様子をうかがい知ることができた。

信幸さんは愛犬だけではなく植物に対しても愛情をもって接している。お休みの日はcafé maltaの庭をご自身の手で手入れしているそうだ。朝顔、ラベンダー、ハマナス、藤、他にもたくさんの植物が植えられている。café maltaは息子で専務取締役の相澤太さんが発起人として管理している。新婚旅行で行ったマルタ島のイメージを投影したお店となっているため、イメージを壊さないように「専務から大きな木は植えるなと言われているんだ。」と信幸さんは笑いながら教えてくれた。

取材中もずっと穏やかな笑顔で話をしてくれた信幸さんだが2011年の東日本大震災の時は当時あった工場や住宅を津波によりすべて失っていた。甚大な被害を与えた震災は多くの犠牲を生み我々の気力をも持って行ってしまった。あまりにも被害が大きすぎてただ茫然と時だけが過ぎた人も少なくなかっただろう。そんな中、信幸さんは息子の太さんと震災の1か月後には静岡の株式会社マルカイで働いていた。ここは被災者支援に名乗りを上げた水産加工の会社だ。ふたりはここで働きながら釜揚げしらすの加工を学ばせてもらっていたそうだ。

震災後すぐに他県に働きに出るというその行動力に驚いたが、信幸さん曰く「じっとしていられないタチ」なのだそうだ。前へ前へと進むのみ。
マルカイでお世話になってから半年後、信幸さんはひとり閖上に戻り会社の再建と閖上の復興のために動き出した。正確に言えば静岡で仕事をしている間も再建に向け月に2度ほど帰ってきて準備を進めていたそうだ。

水産加工の原材料となるホッケやカレイは仙台市内の冷凍庫に保管されていたため津波被害を免れた。まずはその魚介類を仮設住宅の台所で加工するところから始まった。後に以前からつきあいのあった岩沼市の工場の一角を借りることができ、そこで加工の仕事を再開させた。震災翌年の2012年2月に仮設商店街の閖上さいかい市場へ出店し、同年5月には仮設工場を建て本格的に加工を再スタートさせた。震災前に交流を深めていたたくさんの人たちの力を借りて再スタートできたと信幸さんはとても感謝している。

その頃太さんは東京の大手水産加工会社に勤めていた。静岡から東京に移動しそこで就職していたのだ。このことを信幸さんは「東京で就職したなんて知らなかったんだよねー」と話してくれた。太さんはいずれ自分が会社を引き継ぐことになるだろうという覚悟をもって、実家を離れた今こそ、社会に出てたくさんの経験をし色々なことを学ぶチャンスと捉えたようだが、そのことは特に父親に話さなかったのだろう。父と息子なんてそんなものなのかもしれない。

仮設工場稼働から4年後の2016年、待望の新工場ができ東京から太さんも戻ってきて本当の再スタートを迎えることができた。「息子が戻ってきたことはもちろんうれしかったけど、何より嫁さんを連れて帰ってきてくれたことが嬉しいよね。こんな大変な所に来てくれて今は一緒に働いてくれてるからさ」と更に信幸さんの顔がほころんだ。

それまであまり意識しなかった「会社」という組織の在り方を社会経験してきた太さんが入社することで徐々に変化していった。例えば健康診断をするようになったり勤務評価をするようになったり会社として当たり前のことが当たり前に行われるようになってきた。そんな自分ではできなかった働きをしてくれている専務の太さんに信幸さんは感謝をしつつもちょっとだけ、昔の暗黙の了解のような「いわずもがな」の良さも残したい気持ちが話の中に見え隠れした。

閖上の復興工業団地にある会社は少しずつ代替わりをし始めている。若い人の情報量や行動力にまちの活性化が期待できるところではあるが、信幸さんのように昔からの付き合いや人脈もまだまだ必要とされることだろう。花子ちゃんとのんびり過ごすのはもう少しだけ後にして親子で閖上の復興にもうひと踏ん張りしてくれることを期待せずにはいられない。

有限会社 マルタ水産
工場 : 〒981-1204 宮城県名取市閖上東2-9-3 022-302-5724
店舗 : 〒981-1204    宮城県名取市閖上東3-1-8 (商品購入は店舗へ) 022-796-6930

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